第30回 全国子どもとことば研究集会
【記念講演】
21日(日)14:15〜15:50

「苦悩の表出と子どものことば」
〜不登校の臨床的研究を通して考える〜

神戸大学名誉教授
広木 克行


概要

 はじめに、終戦の年に樺太で生まれ、引き上げ後、山形で育った広木先生自身の子ども時代とことば体験が語られ、「ことばは人格の中心にあるもの。『私とことば』を考え続けることで他者の心の傷に深く寄り添うことができる」という先生の話に引き込まれました。
 続いて臨床教育学についての紹介があり、事例を交え分かりやすく話してくださいました。(以下、要約) 最近、「人を殺してみたかった」「誰でもよかった」ということばに象徴される理解の難しい凶悪事件が起きており、学校のあり方、社会のあり方、家庭のあり方が問い直されている。子どもの苦悩は1970年代から新しい様相を示し始め、校内暴力という形で表出するようになった。1980年代には、いじめ・不登校が深刻な勢いで増え始め、1990年代中頃からは学級崩壊現象が注目され始めた。2015年1年間で、105名もの中学生が自殺している。学校が人間形成の場から人材育成の場になっているからだ。不登校は、学校が生き辛い、息苦しいと敏感に感じる子ども達の心の叫び。「なぜ学ぶのか」「なぜ生きなくてはいけないのか」と立ち止まることは大切なこと。ここに臨床教育学が出現する歴史的意味がある。
 
エリクソンが言っているように「大人が子どもに対して役割的関係だけで臨んでいる時には、子どもは自分の本当の心を表現しない。役割的関係とは違う相互的関係でお互いに関わり合う時に、子どもは自分の心を開く」。人間同士として向き合うことで、子どもとの間に深い関係を築くことができる。
 苦悩の「表出」には、暴力などの「行動化」と、摂食障害などの「身体化(症状化)」そして「言語化」の3形態がある。その一つとしての表出言語は、自分を責めることばや他人を責めることばとして溢れ出る。それを「困った子」ではなく、「困っている子」「何かを訴えている子」の叫びと捉え、その言動の裏にある深い意味を読み解くことが大切。子どもが、自分の思いに関心が示され本当に受け止められたと思った時、表出ではない表現の言語で語り始める。
 子育ては試行錯誤。子どもに良かれと思ってやっている先回りの育児や教育が、親と子の関係を引き裂き子ども達を苦しめている。子どもの表出言語に出会い、親子関係がギクシャクしたと思ったら、子どもの現在(いま)をしっかり見つめ相互的関係を築く努力をすること。そこから子どもとの関係を作り直すことができる。
 子どもの表出言語に込められた意味を、相談を通して捉え直すことによって、親もまた子どもの育ち直しを待ち、支えられる存在になる。子どものことばに関心を向けて深く掘り下げる対話を豊かに育んで欲しい。 ― 多くの示唆と勇気をいただいた講演でした。


参加者の感想から

メモを取るのを忘れてしまうくらい聞き入ってしまいました。「話してくれてありがとう」って言ったことがありませんでした。そのようにして親や子どもの心を開いていくのだなと、学びになりました。本当に聞けてよかったです。臨床教育学に興味を持ちました。

事例をまじえたとてもわかりやすいお話が、心に響きました。もっともっと聞きたいくらいです。

子どもの心の叫びを理解する大切さ。良いこと悪いことという単純なルールに中で考えるのではなく、自分の心で受け止めることが必要なのだと思いました。